誰だって哲学はやっている。その理由

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こんにちは、実は一応哲学科、渡辺智基(@twokk1994)です。

専攻科目を聞かれて「哲学です」と答えるとだいたい「すごーい」とか「難しそう」とか言われます。

確かに哲学を学ぶのは難しいです。しかしそれがすごいとは思いません。少なくとも私程度はすごくない。

というのも、気づかないだけでみんな哲学を「やって」いるからです。

哲学は常識を疑う学問である

「哲学って何?」で聞かれたら、私はこう答えると思います。

もちろん他の学問同様哲学にもいろいろ種類はあるんですが、強引にまとめると常識を疑う学問です。

例えば認識についての話。「水槽脳」という思考実験をご存知でしょうか。

悪い科学者によって取り出された脳が、水槽に入れられます。そして電気信号を送って脳を刺激する。

私たちの感覚は、全て脳で理解されます。目でみたものも耳で聞いたものも、そこで受けた刺激が電気信号となって、脳に理解されるのです。

水槽に入った脳が送られるものと、人体にある脳が感覚器官から送られるもの。どちらも、電気信号であることに変わりはありません。

映画『マトリックス』を想像していただけるとわかりやすいと思います。

アメリカに住んでいる一人の青年、そこでの生活は、全て水槽の中で作られたものでした。

今感じているものが現実か、それとも幻想か。あなたは答えられるでしょうか。

このように哲学では、普段はそのままに見過ごしているものを、一度立ち止まって考えるところから始まります。見過ごしているものが常識です。

そして誰にでも、常識を疑うときがやってくるのです。

誰にでも、これまでと同じでは生きていけないときがくる

常識ってなんでしょう。それは当たり前に正解だと思われている考えのことだと私は思います。

上の例でいうと、「私たちは現実にあるものをそのまま認識している」というのが常識です。

そして常識というものは、何も認識に限ったものではありません。

例えば人生訓。「頑張ったら報われる」だとか、子供のとき当たり前に思えたことは、そのときは常識だったのだと思います。

しかし、そういった常識がずっと通用するなんてことはありません。「頑張っていても報われない」とか、そういった壁にぶつかることは誰にだってあります。

当たり前に思えたものが音を立てて崩れていく。どうやって生きればいいのかわからなくなる、そんなときは、誰にだって訪れます。

つまりみんな、常識を疑わなければならないときが来るわけです。

ゆえに、みんな哲学をやっている

まとめるとこんな論理です。

  1. 哲学は常識を疑う学問
  2. 人生では、常識を疑うときが来る
  3. ゆえに、人はみんな哲学をやっている

確かに学問としての哲学は、馴染みの薄いものです。仮に興味が出ても、選んだ本を間違えれば理解できずに挫折してしまうでしょう。

しかし学ぶかどうか以前に、みんな哲学的に考えているのです。

私はそれをただ専攻に選んだだけ。だから、哲学は敷居の高い学問では決してないのです。

あなたが常識を疑いたくなったときは、哲学書を読んでみることをおすすめします。そこに答えは載ってませんが、考える手立てにはなるはずです。

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